DJ Clentの半生を紐解く事はジュークの歴史を学ぶ事そのものだった 〜D.J.April × D.J.Fulltono 14000文字対談〜

シカゴ・レジェンド初来日を目前にして
(10月20日東京、21日大阪)

D.J.APRIL(以下A): 遂に来日しますね。遠い日に僕らがレコードで名前を知った人物が今、やっと来日するわけですよ。


D.J.FULLTONO(以下F): そうですねー!


A:Traxman、RP Boo、DJ Rashad、DJ Spinnと、現在ジュークのレジェンド(Clentを含めて“ビッグ5”とも言われる)として活躍しているDJたちも、本格的に世界に名前が売れたのは2010年代に入ってから。DJ Clentのように、ゲットーハウスの総本山<Dance Mania*>が世界的に人気があった時代から活躍していた人が今の時代に初来日するのって、結構ぐっと来るものが僕の中にはあるんですが、Fulltonoさんはどうですか?

*Dance Mania=80年代末から活動を開始した、伝説的なシカゴのハウスレーベル。初期はLil LouisやDJ Pierreなどの王道シカゴハウスをリリース。90年代初頭よりのちに「ゲットーハウス」と呼ばれる、シカゴ独自のファンキーでダーティかつミニマルなハウストラックを大量にフィーチャーしはじめ、DJ Funk、Paul Johnson、Robert Armani、DJ Deeon、DJ Slugo、DJ Miltonなど数多くのトラックメーカーを輩出した。90年代中頃、テクノの進化に大きく寄与したことでも高い評価を得ている。2001年に倒産。現在はTraxmanらが継承して再始動している。


F:僕はシカゴ・ジューク界のレジェンド達の中では、一番最初に名前を知ったのがDJ Clentなんですよ。実は一番来てほしかった人だったんですが、RashadやTraxmanのインパクトが強烈だった一方で、Clentは最もストイックだったので、日本に呼ぶきっかけが無くて一番最後になってしまいました。


A: シカゴにはすごく保守的な顔があって、日本人がジュークやフットワークダンスをやることにも、やいやい非難する人もいる。そんなシーンの中でも、ClentはDJ DeeonやDJ Slugo直系の一番弟子みたいな存在で、本人もゲットーなスタイルに強いこだわりがある。だから、他のビッグ4と比べるとやや保守的に見えるんです。その昔、<Booty Tune>でEPのリリースをオファーした時も勇気がいりましたわ。やっぱり曲がダントツでかっこいいから、リスペクトの仕方を間違えてトラブルにならないようにと。


F:曲はやっぱり何ていうか、本物って感じですもんね。


A:そうですね。新喜劇でいうと、小藪とかスチ子*じゃないんですよ。島木譲二**って感じ。

*小籔、スチ子=新時代の吉本新喜劇を代表する座長。小籔千豊と元ビッキーズのすっちー。
**島木譲二=元ボクサーという異色の経歴で知られる、クラシックな時代の吉本新喜劇を代表する在阪コメディアン。「パチパチパンチ」「ポコポコヘッド」などのギャグが有名。2016年、惜しまれつつ死去。


F: 大阪人にだけ凄さがわかるっていう。


A: そうそう、中田カウス*とか。怖い人たちと繋がってるんちゃうかっていう。でも、会って話したら全然そんなことなくて凄く真面目な人でしたね。

 さて、まずは彼のヒストリーをお話ししましょうか。DJ Clentがキャリアをスタートしたのは90年代後期のゲットーハウス時代。その時の印象はどうでしたか?

*中田カウス=中田カウス・ボタンのボケ担当。相方どもとも闇社会との関係が問われがちな天才芸人。


F: 何というか、当時ってDance Maniaというレーベルは沢山リリースしていたけどハズレが多いという印象で、彼の曲はそのハズレに分類されるような存在でした。


A: 補足すると、Dance Maniaは97年以降になってくると、テクノシーンで好まれたようなDJ FunkやRobert Armaniのようなバンギンで音数が多いスタイルから、よりシンプルでミニマルなゲットーハウスに移行している時期に入っていた。当時のテクノ・ハウス趣向の耳で聴くと「ハズレに聴こえた」という事ですよね。


F: その通りです。この時代になると、BPMの高速化も既に始まっていましたしね。初めて聴いた曲は『3rd World』(Dance Maniaの262番)でした。シンプルなホーンの音しか使っていないし、一体これがシカゴでどういう風に楽しまれているんだろうと疑問に思いました。

《DJ Clent - 3rd World (1998年/DM 262)》
https://www.discogs.com/ja/DJ-Clent-100-Ghetto-We-2-Ghetto-4-Ya/master/439759


A: 後に本人から聞いたんですが、その当時、安いドラムマシンとミニサンプラー(Boss DR660とRoland MS-1)しか持っていなくて、既に高い機材を持っていたDJ Slugoから「そんな安い機材でサンプリングした曲を作れるのか?」って言われて、「じゃあやってやるよ!」ってその日のうちに仕上げた曲が3rd Worldだったと。

 彼はこの曲をゲットーハウスとして作ったわけですが、知らない間に従来のゲットーハウスのスタイルから外れてしまった。当時から彼の中に何か「新しい音」があったのかもしれませんね。

Roland MS-1とBOSS DR-660(本人のSNSより引用)彼のトラックメイクはこれらの機材から始まった。ちなみに左のMS-1はFulltonoが高校時代に初めて買った機材である。


F: ゲットーハウスの系風は大きく分けると、DJ Funkに代表されるウェストサイドは縦ノリのバンギンなスタイル。DJ Deeonのサウスサイドはベースの効いたドープなスタイル。Clentのトラックはサウスサイドの極みといった感じですね。この3rd Worldが収録されたEPのタイトルは『100% Ghetto EP』だし。


A: あとは、彼の周りにいた人物の影響もある。彼の一番近くにDJ PJ*という天才、さらにDJ Greedy**もいた。そしてその上の世代としてDJ Deeon、DJ Milton、DJ Slugoがいる。今振り返ってみると、当時ハズレだったサウンドがトレンドど真ん中の音になっているのも面白い。

*DJ PJ=Dance Maniaからも複数EPをリリースする天才DJ。独特なタム使いと「Chase Me」に代表されるゲットーハウスの枠を超えたトラックを手掛ける異能の人。現在も「DJPJMADEDISTRACK」名義で、そのスタイルを貫き続けている。
**DJ Greedy=同じくサウスサイドのトラックメーカー。Deeon Slugoの系譜に連なるミニマルゲットーハウススタイル。


F: 初めてシカゴに行った時に現地のトラックメイカーたちと触れ合ったんですが、日本でよく言われているような「シカゴハウスは適当にドラムマシンを叩いて作っている」というような、ステレオタイプなイメージと完全に違っていた。みんな意識が高くて、僕が聴こえていないような部分にもこだわりを持ってるんだろうなと感じたんです。Clentもおそらく、トラックメイクを始めた十代の頃(90年代後半)から、100%Ghetto EPで表現されているように、ゲットーハウスの新しいかたちを目指して、高い意識で作っていたんだろうなあと、容易に想像できますね。


時代を“先取りしすぎた”男

A: 今回彼の話をするにあたって、昔の曲を改めて聴き直してみて驚いたんです。ジュークファンのほとんどが認識しているように、RP Booの曲はJuke/Footworkの文脈でいうオーパーツ*ですよね。でもいまの耳で聴き直すと、当時のClentの楽曲もRPと同じくらいオーパーツだったんだなと。

 彼がDance Maniaや<Subterranean Playhouse>*から出している初期の楽曲は、当時僕らが聴いていた感覚では、意味不明で、ある意味で理解を超えた音楽だった。そんな曲をいま聞いたら「そういうことだったのか!」という発見がある。

*オーパーツ=歴史的に見て同時代性に乏しいもの、時代を先取りしすぎた技術(でかつ失われたもの)などを指す。代表例に「アンティキティラ島の機械」など。
*Subterranean Playhouse=DJ SlugoによるDance Maniaのサブレーベル。DJ ClentやGreedy、DJPJらのシングルをリリース。デジタルリリースではDJ Rocなどフッドの無名DJの曲を多数リリースしている。

 そして、90年代末にDance Maniaから出る予定だったEP(ホワイト盤しかリリースされなかった幻の284番)はもはや、「これいったい何なの???」っていう。DJとしても、リスナーとしても、この曲を前にしてどうしたらいいのか分からず、戸惑うしかなかった。当時から時代を先取りし過ぎてきたということが、RP Booと同様に彼にとってのある種の悲劇だったのかもしれないですね。 

 しかもこうした現象は外側だけの話ではなくて、シカゴの中でも同様だったんじゃないかなと。DJ Chip*が証言していたように、ジュークがフットワークへ進化する過渡期(90年代末~2000年代初頭)に、「パーティで楽しく誰でも踊れる音楽=ジューク」をやりたいDJと、「より先鋭的でアグレッシブなダンス特化型の音楽=フットワーク」を追求するDJの間でかなりの軋轢があったというのは聞いてますからね。

*DJ Chip (Stak Chip)=Dance Maniaからリリースしていたレーベルメイト。『Juke Slide』が地元で爆発的にヒットした。自称"King Of Juke"。Clentとはライバルのような存在だった。


F:シカゴに行った時、DJ Chipがその話をしてくれましたね。Clentとは一緒に曲を作ったりした関係だったが、その後、音楽に対する考え方が合わなくて、会う度に殴り合いの喧嘩になってたって。そこまでしてClentは新たな音楽をやろうとしてたんですね。この先に起こる新たなジュークシーンが見えていたとしか思えません。

A:ダンスマニアの284番以降は、<Juke Trax>*でリリースするまである意味で消息不明になってしまう。2001から2003年ぐらいまで。

*Juke Trax=2004年にデトロイトのゲットーテックDJ・DJ GodfatherがDatabassのサブレーベルとして作った、世界初のジューク専門レーベル。DJ Clentをはじめ、DJ Rashad、DJ Spinn、Kill Frenzy、Leatherface (aka Kaptain Cadillac)など、数多くのアーティストを紹介した、ジューク/フットワークを語る上で絶対にハズせないレーベル。


F:そのJuke Traxの1番で『Bounce』*が出るころまでね。

*Bounce=Juke Traxの1番に収録されたジューク史上屈指の名曲。カップリングの『Back Up Off Me』もスーパークラシック。ちなみにこのBack Up Off Meは、前述の正規リリースされなかったDance Maniaの幻のホワイト盤284番に収録されていたもの。DJ Godfatherのニクいアイデア(Juke TraxがDance Maniaのレガシーを受け継ぐという宣言)が込められている。

A:Clentの活動にはミッシングリンクみたいな部分もあってそれが実はかなり重要で。Juke Traxまでの動きでいえば、Dance Maniaの282番『D.J.Slugo - Real Ghetto Tracks』*というコンピが極めて重要な位置を占めている。Clentは『Back Seat Hoe』という曲を提供しているんですが、その曲の構成は現代のフットワークそのもの。ゲットーハウスとフットワークが共存している曲なんですが、イントロやブレイクのパターン、サブベースの使い方、スネアの入れ方などが、完全に現代のフットワークなんです。決して過去補正とかじゃないんですよ。

*Real Ghetto Tracks=Slugoによるコンピ。Clent、DJ PJらをフィーチャーした新世代ゲットーハウス組を含めたシングル。ちなみに同コンピにはRP Booのデビュー作となるD.J. Boo - Burnも収録されている。

F:ゲットーハウスとかは特にそうですが、昔の聴き方だと割と声ネタに引っ張られてしまう傾向がありますからね(笑)。ベースのパターンとかをあまり意識して聞いてないんですよ。だから当時はゲットーハウス以降の進化に気づくことができなかったのかもしれない。


A:4/4じゃなくて、1拍目にアクセントを置いてあとは何もないみたいなパターンをすでに10代でやってしまってる。RPはもちろんすごいと思うけど、Clentの本当にすごい部分を分かってなかったことを謝りたい(笑)。


F:つまり僕らは、20年前の段階ですでにジューク/フットワークに出会っていたということになります。Clentは当時10代後半でしょ? まったく末恐ろしい若者ですね(笑)。当時地元の人たちは、この変化に気づいていたんでしょうか?


A:Clentに聞いてみたいですね~。あとは彼のドラムキット*もそう。シカゴでは連綿と受け継がれてきたキットがありますが、現在使われているフットワークのキットのうち、Clent手製のものがかなりある。通称“Clent Bass”をはじめ、すでにこの当時の曲には出てきている。2000年代の初頭に、フットワークではなく、JukeTraxでリリースしているようなシンプルなジュークばかり作っていた理由も謎ですね。

*ドラムキット=打ち込みの際に使う音のパーツ。ベースドラムやスネア、タムなど。シカゴジュークのドラムキット多くは、RolandのR70、Boss DR-660などに含まれるが、重要なパートについては極端な加工が施されており、それがシカゴのオリジナルのサウンドを支えている。


F:僕もJuke Traxは最初の数枚は(アナログでリリースされていたから)聞いてましたけど、そのあとは聞いてなくて。のちにデジタル化されてから、2008年とかになってもう一度聞き直したという感じですね。ゲットーテック*をやっていた時代はその辺をあんまり聞いてなかったです。

*ゲットーテック=90年代半ばに生まれた、デトロイト産のゲットーミュージック。エレクトロやデトロイトテクノとゲットーハウスのエッセンスがミックスしたような高速8ビートサウンドが特徴。ゲットーベースとも。ジュークの異母兄弟。


A:そしてJuke TraxからClentはジュークの傑作中の傑作であるBounceを出すんですもんね。


F:それがデトロイトのレーベルから出るっていうのも面白い。DJ Godfatherが選んでるって言うのが、ゲットーテックの文脈ですよね。ジュークではなく。それがデトロイトの人にもヒットしたっていうことなんでしょうね。Bounceはリアルタイムで聞いてましたし、DJとしても使ってましたね。


A:マジですか(笑)。


F:ジュークとして解釈していたというより、ゲットーテックのセットの一環というか。


A:音楽的にゲットーテックとジュークはそんなに大きな違いはないんですけど、Clentがどのようにして先鋭的なフットワークのスタイルに移行していったのかが謎ですね。


F:おそらくそれはClent一人の力じゃなくて、Rashad&Spinn、RPとか、役者がそろってフットワークのスタイルができあがっていったんでしょうね。

 個人的に、Clentには特攻隊長みたいなイメージがあって。デトロイトへ最初に呼ばれたシカゴ・ジュークのDJですしね。当時、ゲットーテックの本丸でもある<Databass Records>からは、Dance Mania組でもあるDJ Nehpets*、DJ PJ。DJ Booggie*なんかがリリースしてるけど、どちらかと言えばゲットーハウス寄りで、Bounceのようなベースメインのトラックではなかった。

*DJ Nehpets, DJ Boogie=Dance Mania時代から活躍するゲットーハウサー。Nehpetsは『Lay It Down』などのクラシックがある。Boogieは元祖高速ゲットーハウスの創始者でもある。


A:歴史的には《ゲットーハウス→ジューク→フットワーク》という線的な流れがあるんですが、90年代末のClentの仕事を見ていると、ほぼ同時期にその3つのスタイルを完成させてしまっている。


F:確かに、他のアーティストって徐々に進化していくわけじゃないですか。RashadにしてもRPにしても。なのにClentはその時代に完成してしまっているという。


A:ほかのビッグ4と比べてみても、当時の所行は天才ですねまさに。


アート・オブ・サンプリング〜ヒップホップとの親和性


A:ところで、Clentのトラックの特徴ってなんでしょうね?


F:よく聞くと幅広くいろんなことをやっているのに、トータルではDJのためのトラックに仕上がっている。伝統的なシカゴハウスのマナーを守っているっていう印象ですね。あくまでも「DJが使うトラック物」という姿勢からブレがない。


A:彼自身もDJをやっているからですかね。あと、個人的にはポップさがあるなと。キャッチーなネタ使いとか。Traxmanもキャラで言えばキャッチーなんですが、曲単体で見るとプログレッシブというか、攻めてる印象も強い。その意味でClentの曲は、ちょっと狂ってるのに非常に使いやすく作られているんです。Booty Tuneから出ている『Clent's Cocky』*とかもそう。途中でビートのパターンが極端に崩れるのに、なぜかポップに聞こえる。

*Clent's Cocky=リアーナの『Cockinss』をサンプリングした超名曲。Clentには“Clent's ●●●”という曲名のシリーズがあり、多くは原曲をバラバラにした素晴らしいバトルトラックとなっている。

F:あれは最初聞いたとき、興奮しましたね~。


A:『The Wickedness』*とかもそうですよね。Fulltonoさんとシカゴのダンスバトル会場Battlegroundz(以下BGz)**で初めて聞いたとき、当時未発表で全く知らなかったのもあって、めちゃくちゃインパクトありましたね。

*The Wickedness=スイスの<Duck'n Cover>からリリースされた『The Last Bus To Lake Park』に収録。
**Battlegroundz=シカゴサウスサイドにあった伝説的なダンスバトル会場。同会場での素晴らしいバトルの数々は、Youtubeでも見ることができる。昨年閉鎖。

F:ありましたね。曲の中間のブレイクが実にシカゴ的というか、大袈裟なブレイクではないですが、強烈なインパクトがあって何度も聴きたくなります。ダンサーがあの曲のブレイクでバッチリ決めた瞬間の場の盛り上がりは鮮明に覚えています。

上の動画はそのThe Wickednessでダンサーが決める瞬間(35分頃)踊っているのはP-Top。
画面中央の水色のTシャツがD.J.April。FulltonoはDJ Clentのプレイを後ろで見ています。


A:勝手なイメージですけど、Rashadがイチローだとすると、Clentって打率タイプじゃなくて、特大満塁ホームランを大事なところで打てるタイプやなとおもいます。駒田的*な(笑)。予想外のタイミングでほんとにとんでもないものを出してくるなっていう。

*駒田=元巨人の打者・駒田徳広。満塁時にめっぽう強く、別名「満塁男」とも呼ばれる。通算満塁打率.332、NPB歴代満塁本塁打数5位の成績を残す。


F:Clent's Cockyにしても、The Wickednessにしても、あれはBGzでしかありえへん曲ですね。ああいう地元のシーンがないと生まれない曲だと思う。普通のクラブのフロアとかじゃない。


A:でも、ダンサーのための音楽でありながら、ダンサーじゃない人が聞いても楽しい。Clentはそういう曲が多いですね。


F:BGzに行ってみて、彼のバトルDJはもちろんですが、彼の楽曲をダンサーのバトルと一緒に体験すると、Clentはほんとにシカゴシーンの親分的な存在なんだと思いましたね。


A:彼の曲はバトルで本当に映える。なんか媚びてる感じがないですね。トレンドとかに。もちろんトレンドを無視してるわけではないんですが、80年代のアシッドハウスネタやゲットーハウスをサンプリングした曲もしっかりやる。シカゴハウスのレガシーを守り続けてるのがいい。音楽的にもオールドスクールとニュースクールの境目がないところは、10代で完成されたころとあんまり変わっていないのかもしれない。


F:TEKLIFEクルーのDJ TayeとかDJ Earlをはじめ、DJ Manny、EQ Whyなど、精力的な若手たちがフットワークを次の次元に進めようとしているベクトルも大切だと思うんですが、Clentは新しさも求めつつ、確実にシカゴにある「何か」を守ろうとしてますよね。


A:実験的だからいい、新しいからいい、みたいな感じじゃなくて、新しくないけどめちゃくちゃドープで永遠にフレッシュみたいな曲を作る。そこは個人的にとても尊敬しているところですね。伝統を磨き続けることで、新しい時代にフィットさせていく。まるで、時代とともにアップデートされていく伝統芸能みたいな感じがありますね。


F:フットワークバトルのDJでもあるClentの曲は、フットワークの基礎の基礎って感じがあります。フォーマットを作ったDJの1人だからこそ、個人的には彼の個性というよりは「フットワークそのもの」っていうイメージですね。


A:あと、個人的に「大ネタ使い」っていうは一つのキャラかなと。80年代以降のPファンク、ブラコン、ニュージャック・スウィング、ラップとかを頻繁にサンプリングしている。ヒップホップと一緒で、大ネタってやっぱり手垢が付いてるし、ポップになりやすいけど、その分ドープに仕上げるのが難しい。そういう落とし穴に落ちないで作りきれる豪腕がある。

 ぶっちゃけ元ネタよりかっこいいなと思う曲も多いし。その意味で、Clentの曲はヒップホップ感が強かったことも、テクノやハウス層がメインだったジュークシーンで認知が遅れた要因のひとつかもしれない。サンプリングが大好きという意味では、Traxmanも同様なんですが、何か違うんですよ。


F:僕もClentの曲を参考に曲作ったりしてます。3rd Worldのドラムパターンとかそのままパクったことありますよ(笑)。でも、彼の曲にあるヒップホップ感みたいな、あの感じは僕は作れないから凄いなとおもいますね。サンプリングの切り方とか。あの感じはいったい何なんだろう。


A:2Pacネタの『Hail Mary』*とかモロヒップホップですもんね。

*Hail Mary=1996年にSubterranean PlayhouseからリリースされたファーストEPに収録。2Pacの同名曲を大胆にサンプリング。

F:僕あれ初めて聴いたときヒップホップと思いましたもん。


A:この曲、ネタはほとんどハーフテンポで展開してて、ゲットーハウスの文脈でいうとフォーマットから外れてるんですよ。通常のゲットーハウスでは、声ネタを使うにしても最終的にハウスビートに合わせて1/4とか1/8、1/16で刻んだりするんですけど、あの曲はハーフでそのまま引っ張るっていう、フットワーク的なアイデアが90年代の時点で既にある。


F:繰り返しになりますが、 Clentはゲットーハウスの次のシーンが90年代に既に見えていた。シカゴジュークをけん引していた存在だと言えます。バズらせたのは他の人かもしれないけど、その火種であることは間違いないです。

 当時、ビッグ5みんながジュークアンセムみたいな曲を持っていた。DJ Spinnは『Bounce N Break Yo Back』、DJ Rashadは『Juke Dat Juke Dat』、Traxmanは『Get Down Lil Mama』、RP Booは『Baby Come On』、そしてDJ Clentは『Bounce』。Clentを火種として、ジュークがビッグ5の手によってネクストステージに上がったんじゃないかなと。そして時を経て、いま大御所の4人はみんな違う方向を向いて活躍してるのも感慨深いですね。

画像は2000年本人の主催パーティーのフライヤー


A:ClentのDJを体験するときに、それをちょっと意識すると楽しみ方が広がると思いますね。「TEKLIFEのジュークが聞きたい」「古いゲットーハウス的なものが聞きたい」ではなくて、ハウスからフットワークまで、一連の流れの中で“進化したシカゴ感”がにじみ出てくると思う。シカゴのフッドDJが継承し続けているシカゴハウスの現在地が感じられると良いですね。そういう意味ではTraxmanと似てるように思うかもしれないけど、全然違う。


F:どんなDJするんやろう。もう来日するっていうことだけで舞い上がってしまって、そこまで想像できてなかった(笑)。


A:いろんな時間帯で聞きたいですね。ハウス、ジューク、そしてフットワーク。最後はBGzのバトル会場のノリそのままでやってもらったり。


F:ダンサーにはそこまで待ってもらってね。タイミングを計って。


A:RPとかTraxmanが感じているように、日本はダンスサークルやバトルトラック、シカゴのガチな雰囲気が好きな国やからね。


F:そうそう。今回のSOMETHINN’でClentの来日が決まった後、RPがわざわざメッセージくれて。「DJ CLENTを日本に呼んでくれてありがとう」って。


A:ええ話! 泣ける! フットワークの礎となったビッグ5の関係がすけて見えるようです。


“現在進行形のシカゴ・ゲットー”を体感しよう


A:逆に最近の曲はどうです? 去年から今年に掛けて、レーベル活動も含めてかなり精力的にシングルをリリースしてましたけど。


F:いやー、あのへんも全部好きですわ。


A:数が多い分、似ている曲もあるんですが、ほとんどの曲が「使えるクオリティ」なんですよね。ホームランはもちろんですが、平均打率もすごい。そう考えると駒田ではないかも(笑)。もっと売れても良いと思うんですけどね~。


F:そうですね。ただ、Clentは「売れよう」みたいな色気出さないところもまたかっこ良かったりする。


A:あと、彼が主催するレーベル<Beatdown House>も触れておかないといけませんね。世界的に見るとシーンにはTEKLIFEとRP Boo、ジュークの大きな2つの流れがありますが、その間でシカゴから出てくる音、正統派シカゴのフッドのスタイルをブレずに表現してると思う。そういう姿勢はほんとに評価に値する。


F:そこに集まっているアーティストも、渋いところですしね。DJ Roc*は結構有名ですけど、T-RellとかC-Bit**とか。現地のいぶし銀的なトラックメイカーが集まってる。そういうことをちゃんと世界に向けて発信してくれてるから、「シカゴの今の音」みたいなのがちゃんと見えてくるんですよ。

*DJ Roc=Planet Muからアルバム『Crack Capone』をリリースしている、シカゴローカルの重鎮。そちらも必聴。Clentとならんで、BGzのボス的存在。
**T-Rell, C-Bit=シカゴローカルのDJ。キャリアは長いが日本での知名度はまだまだ。ぜひディグしてみて欲しい。


A:いまシカゴの若手はどんどんシカゴから外へ出ていることを考えると、Beatdown Houseは僕らに届けられる、“シカゴ通信”みたいなものですね。フットワークシーンから決して離れず、現在進行形のシカゴの音を発信している。


F:懐古趣味な感じがなく、曲のクオリティも非常に高いですからね。Clentが手がけたクルーの名前を連呼するトラック『Beatdown Murder』とかよくプレイしましたね~。彼以外のDJの曲も良質なものが多い。なかでも、T-RellのメロウなトラックはいまでもDJでよく掛けてますね。


A:T-Rellいいですよね。なんかSpinnぽいイメージあります。ネタ使いうまくて、非常にトラック巧者なところとか。


F:あんな良い感じでサンプリングしたフットワークなかなか真似できないです。日本にもなかなかいないタイプかもしれない。


A:今後のClentってどんな感じになっていくんでしょうね。90年代からずっと現役やし、いつも時代を先取りしてきた人なんで、どうなるか読めないんですが。


F:シカゴのスタイルを守るというスタイルは、これからもやり続けていってくれるでしょうね。


A:確かに。Clentは絶対にシカゴの中にいる人って感じはありますね。北斗の拳のラオウみたいな大ボス感。


F:でも本人はシカゴの外にずっと出たかったみたいですよ。一昨年、食品さん(食品まつりaka Foodman*)とアメリカツアーでシカゴ行ったときにも彼と会って。「飛行機代を自分で払うから日本に行きたい」って言われたんですが、いやいや、そんなことさせるわけにいかないじゃないですか。Clentに。だからちゃんと呼べて良かったです。本人と直接交渉してくれたClub CIRCUSのTOYOさんには感謝しかありません。

*食品まつり=釣心会というアーティスト集団を主宰。元々はヒップホップを中心に活動していたが、2010年代からジュークに接近。ジュークのフォーマットを超える自由なスタイルで、ジャンルを超えた存在としていまや世界的に評価されている。さきごろ<クロモンレーベル>を新設。


A:それぐらい海外で認められたいっていう感覚があったんですね。シカゴでの評価がアメリカ国内での評価には繋がらないケースは多い*ですし、Clentに限らず、ジュークのOGたちは地元でも認められていない部分もある。

*シカゴ〜=ジューク/フットワークは誕生の地シカゴでは、マイナーな存在。ラジオやクラブでプレイされることは稀で、2000年代初頭の爆発的なブーム以降は、サウスサイド、ウエストサイドのクラブでもメジャーな人気を得るには至っていない。


F:だからこそ、自分の経験とかを世界に伝えたい、と思ってるのかもしれないですね。


A:先に来日してるRP Booから日本のシーンについて聞いてる部分とかも踏まえてね。今回の公演で、日本人のフットワークカルチャーへの理解度とか、シーンの独自性を理解してもらえたらいいですね。シカゴでの彼の影響力は絶大ですから。


F:先ほど話に出た、Booty TuneからClentのシングルを出したのが2013年。『My Music Has A Passport(音楽が俺のパスポート)』というタイトル。当時、「自分は海外にでられないけど、俺の音楽は世界中を旅してるんだ」っていう意味を込めて彼が付けたんですよね。リリースした時は、いい話だけどちょっと切ないなと思ってた。でも、それがついに叶うっていう。本当に感慨深いです。


A:ぶっちゃけ、最近はジュークに飽きてきてる人もいると思うんですよ。2010年から徐々にブームが始まって、クラブシーンではDJも増えて、それなりに一般化したし、音楽的にも浸透してるから。

 でも、みんなが「知ってる」と思ってるのは、シカゴという大きな氷山の一角でしかなくて、水面下にはめちゃくちゃデカい“未知”がある。RP BooやDJ Spinnがシーンを代表して活躍している一方で、Clentはジュークの本当にヤバい部分を水面下で担い続けてきた人だっていうことを知ってほしい。ぶっちゃけ「水面下の半分ぐらいがClent」って言っても良いぐらいです(笑)。

 ちょっと大げさな表現になりますが、Clentを体験することはシカゴのゲットーを体験することなんですよ。BGz、最近だったらThe Ring*とか、過去から現在まで、常に彼はフッドのダンスシーンにコミットし続けている。

*The Ring=ダンスクルーTHE ERAのP-TOPが主宰するバトルイベント。


F:これはシカゴ好きにしか伝わらないかもしれないけど、ClentとRashadってシカゴジューク/フットワーク界の“二大巨頭”みたいなところあったじゃないですか。ライバルでもあり、盟友でもあり。フットワークの創世記からずっと一緒にやってきて、お互いに切磋琢磨してきた関係で。2010年ぐらいからRashadとSpinnがドーンと世界に出て売れたあと、Clentは長らく地元で、フットワークダンスシーンとシカゴゲットーの音楽を守っていたんですよね。


A:これって、90年代のゲットーハウスの流れと似てますね。DJ Funk、Paul Johnson、Robert Armaniがめっちゃ売れてヨーロッパに行ってた頃に、シカゴのフッドで新たなゲットーサウンドを黙々と作っていたのが、サウスサイドのドンDJ Deeonだった。DeeonはClentの師匠筋にあたるし、立場的にもかなり近いように思います。


F:Deeonが来日したのもほんと最近だし、まさにシカゴゲットーハウス界のラスボス扱いでしたからね(笑)。


A:一番最後に来る人が、一番すごい人っていう感じ(笑)。DeeonがClent、ポップなPaul JohnsonがRashad、エンターティナーなDJ FunkはTraxman、RPはちょっと例えられる人はいないけど(笑)。


F:先鋭的なスタイルで言えば、Robert ArmaniとかDJ Rushですかね(笑)。


A:そうかも(笑)。いや~まさに真打ち登場って感じですね。来日公演では、どういうの期待してます?


F:僕はシカゴのBGzで体感した、DJ Clentが作り出す“あの感じ”を日本で再現できたらいいなと。日本のダンサーもどんどん成長しているし、フットワークバトルへの理解度もかなり高まっていますから、すごいことになるんじゃないかなと。


A:ClentのDJは完璧にシカゴスタイルなんで、ダンサーの力量が問われるという意味でもかなり楽しみですね。本物のバトルトラックを作って、本場のダンスバトルでプレイしてきたDJですからね。


F:日本のダンサーは練習めっちゃしてるじゃないですか。みんな準備はできてるはず。


A:若いダンサーにも、バトルでフロアを盛り上げるっていう体験をしてほしいですね。フットワークは音楽もダンスも、やっぱりバトルに始まり、バトルに終わる。その空気を、お客さんだけじゃなくて、ダンサーたちに今回の来日公演で感じてほしいですね。


収録:2019年9月14日 東京都内


『SOMETHINN VOL.33 ~DJ CLENT JAPAN TOUR 2019』

それぞれの公演の前売りチケットはpeatixで発売中。

東京公演  http://peatix.com/event/1325049
10月20日(日)17時- 会場:CIRCUS TOKYO 

大阪公演  https://djclentosaka.peatix.com
10月21日(月)23時- 会場:CIRCUS OSAKA




SOMETHINN

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